詳細な年表

昭和5年-終戦(1930年-1945年)

昭和5年4月 日本学生航空連盟設立。操縦部、技術部、研究部で飛行訓練をスタート。
昭和6年5月 訪欧飛行。学生・教官同乗の石川島R3型機「日本青年号」で羽田からローマまで95日間で飛ぶ。
昭和9年11月 「第1回全日本学生航空選手権大会」(羽田)。第8回まで。
昭和10年3月 グライダー訓練開始。11月グライダー部誕生。
昭和12年6~7月 航空ページェントに参加(羽田、仙台、盛岡)。
昭和13年8月 「第1回学生グライダー競技大会」(霧ケ峰)。
昭和17年4月 「日本学生航空隊」と改称。
昭和19年末 民間航空活動中止のため解散。

昭和27年-昭和45年(1952年-1970年)

昭和27年6月 戦後航空再開により「日本学生航空連盟再発足」。グライダー訓練開始(1952年)。
昭和28年9月 「第1回指導者講習会」(兵庫県青野ケ原)。
昭和29年7月 機関紙「方向舵」発刊。
昭和30年8月 「第5回全日本学生グライダー競技選手権大会」(霧ケ峰)。戦後最初の大会。
昭和34年4月 文部省管轄の「財団法人」認可。複座機による訓練教育始まり、「中央研究所開設」(八尾)。
昭和35年7月 「第1回学生グライダー初級講習会」(霧ケ峰)第8回まで。
昭和36年1月 世界選手権めざし「第1回滑空記録会」(八尾)第3回まで。
昭和37年4月 「飛行機操縦班誕生」第5期生まで養成。
11月 韓国の学生航空連盟に中級滑空機2機を寄贈。
昭和38年5月 「妻沼滑空場」開設(埼玉県妻沼町)。昭和41年宿舎完成。
昭和40年3月 飛行機操縦班第1期生、3機編隊で卒業記念日本一周飛行。
昭和41年8月 福井空港でグライダー訓練開始。
昭和42年4月 OB指導員を中心に専門技術協議会設置。
昭和43年1月 諏訪市にグライダー7機を寄贈。
4月 滑空機の耐空検査を民間に委譲、学連関係の検査員は10名。
昭和44年7月 琉球大、沖縄国際大の学生が体験合宿(小倉)。
昭和45年6月 妻沼滑空場に第2滑走路開設。

昭和46年-昭和55年(1971年-1980年)

昭和46年4月 「第1回沖縄大学、本土大学合同グライダー訓練大会」(沖縄・本部)
10月 「久住滑空場開設」(大分県久住町)。
昭和47年3月 航空従事者指定養成施設「グライダースポーツ教室」発足、認定者には実地試験免除。昭和53年3月まで。
昭和49年11月 「木曽川滑空場」開設(岐阜県海津町)。
昭和50年4月 ウインチ曳航者認定証明書発行。
8月 三等航空整備士講習会を初めて東海・関西支部で実施。
12月 「写真で見る学連45年の歩み」発行。
昭和52年2月 「グライダースポーツ手帳」発刊。毎年改訂。
昭和53年3月 初の女性三等航空整備士(滑空機)誕生。
昭和54年10月 東海・関西学生グライダー競技会を合同で開催。
昭和55年6月 初の女性教官誕生。
7月 妻沼滑空場で各支部の合同合宿となるトレーニングセンター開設
10月 連盟年史「日本学生航空連盟の50年」発行。
11月 創立50周年記念式典(東京、名古屋、大阪、北九州)

昭和56年-平成2年(1981年-1990年)

昭和56年3月 50周年記念「全国学生グライダー競技大会」(妻沼、木曽川、福井、久住)開催。
12月 日本自転車振興会の補助金で滑空機2機購入。
昭和57年3月 「全日本学生グライダー競技大会」開催(妻沼)
7月 久住滑空場の滑走路を谷埋め整地。
8月 「霧ケ峰山岳滑翔会」(長野県霧ケ峰)として開催。(旧霧ケ峰新人合宿)。
昭和58年3月 「第23回全日本学生グライダー競技選手権大会」(妻沼)。10年ぶり復活、以後毎年開催。
5月 「久住山岳滑翔大会」開催(久住)。
8月 日本自転車振興会の補助金で滑空機2機購入。
昭和59年9月 久住に福岡大学格納庫完成。
12月 木曽川訓練所新宿舎完成。
10月 指導者要員講習会を福井空港で行う。
昭和61年11月 「第1回東海・関西学生新人グライダー競技会を木曽川滑空場で開催。
昭和62年12月 日本大学OB加藤、宮沢両氏がモーターグライダー「チロル号」でオーストリア-日本間、2万キロの旅。
昭和63年11月 「第28回全日本学生選手権者」古市安利君(早稲田大学)、北尾直敬教育訓練部長と、足立猛東海・関西支部参事を初のオーストラリア遠征に派遣。
12月 妻沼訓練所新宿舎完成。
平成元年3月 運輸省、連盟に航空従事者養成施設に指定。
8月 新曳航機JA4087「学連7号」購入。JA3117引退。
11月 「第29回全日本学生選手権準優勝者」内藤勝義君(大阪大学OB)、石渡利明教官をオーストラリア遠征に派遣(第2回)。
学連国産グライダー製作委員会、西独グライダー工場視察。
11月 JA3117曳航機、北九州市立交通科学館に寄贈。
平成2年3月 「第30回全日本学生グライダー競技選手権記念大会」。開会式のアトラクションに曲技飛行、モーターグライダー編隊飛行、航空中央音楽隊演奏、妻沼太鼓演奏などを披露。
4月 機関紙「方向舵」連盟創立60周年記念号、「OB名簿」発刊。連盟創立60周年記念祝賀会(於有楽町マリオン)。
7月 連盟創立60周年記念製作PRビデオ“空を翔ける青春「風の詩が聞こえる」”完成。
9月 ドイチェ・エアロクラブを日本に招待(役員2名、学生2名)
10月 学連、FAI(国際航空連盟)より表彰される。オナラリー・ディプロマ賞受賞のため、鬼頭鎭三専務理事ハンガリー国ブタペストのFAI総会に出席、帰路ドイツ、イギリス、フランスを視察。
11月 「第30回全日本学生選手権者」安福精二君(名城大学OB)、田口昇教官をオーストラリア遠征に派遣(第3回)。

平成3年-平成12年(1991年-2000年)

平成3年8~9月 中村暢宏教官、佐藤芳之君(慶応義塾大学)、有馬淳哉君(九州大学)をドイツへ派遣。イダフリーグのサマーミーティングに参加。
9月 福井訓練所に新宿舎完成。
12月 「第31回全日本学生選手権者」横井信也君(慶応義塾大学OB)、中村光宏教官をオーストラリアへ派遣(第4回)
平成4年3月 「第32回全日本学生選手権大会」慶応義塾大学が個人・団体とも優勝
10月 ドイツから学生3名招待し、連盟の学生と交流を深めた。
11月 「第32回全日本学生選手権者」石原廣君(慶応大学OB)、中村暢宏教官をオーストラリアへ派遣(第5回)。連盟の学生、教官としては、初めて海外競技会に参加。
平成5年4月 「FRP国産グライダー製作事業」中止決定。
8月 中村光宏教官、山本圭君(早稲田大学)、新田隆史君(関西学院大学)をドイツへ派遣。
9月 北尾直敬教官が国際航空連盟賞「エアースポーツメタル」を受賞。
11月 自転車振興会の補助を受け、複座機(ASK21、JA2520)を購入し、「パロマ」と命名した。
「第33回全日本学生選手権者」鈴木拓也君(慶応義塾大学OB)と連盟職員戸田佐をオーストラリアへ派遣(第6回)。
平成6年1月 熊本県熊本市白川河川敷の滑空場占用が許可される。
3月 「第34回全日本学生選手権大会」で松山健史君が立命館大学として第18回大会以来の優勝。団体は早稲田大学が2連覇。
9月 ドイツの学生訪日。連盟の学生と交流を深める。
「第34回全日本学生選手権者」松山健史君(立命館大学OB)と連盟職員大村正明をオーストラリアへ派遣(第7回)。
11月 熊本県白川滑空場の開所式を行い、本格的な訓練に入る。
平成7年3月 妻沼訓練所研修施設兼格納庫の竣工式を行う。一部4階建て、1~2階は格納庫、3階事務所と研修室、OB部屋、4階は気象観測室。自転車振興会の補助を受け建設。
「第35回全日本学生選手権大会」東北勢として初めて斎藤岳志君(東北学院大学)が優勝。団体は慶応義塾大学が早稲田大学の3連覇を阻止し、3年ぶり優勝。
9月 田口昇教官、魚住朋久君(東京理科大学)、中村肇宏君(東北大学)の3名が8月20日~9月2日までドイツのサマーミーティングに参加した。
10月 「第35回全日本学生選手権者」斎藤岳志君(東北学院大学OB)と河邑英樹教官をオーストラリアへ派遣(第8回)。
平成8年1月 東海・関西支部に複座機(ASK21、JA2557)が導入された。名古屋本社前で命名式、「パロマII」と命名した。資金は自転車振興会の補助を受けて購入。
3月 「第36回全日本学生選手権大会」で女子として1959年第9回大会以来37年ぶりに飯田馨さん(早稲田大学OG)が優勝。団体は慶応義塾大学が逆転で2連覇。今年初めての試みで、地元妻沼町とタイアップし「風と遊ぼう!めぬまグライダーフェスタ96」を開催。グライダーの古今の名機20機を展示。また、アクロバット飛行には大勢の観客から拍手を浴びた。他に妻沼町の歩こう会や体験搭乗などたくさんの催しで、大会を盛り上げた。
4月 大阪女子大学の正式加盟が承認され、加盟校59大学に。
5月 福井訓練所に研修施設完成。「第14回久住山岳滑翔大会」に平松守彦大分県知事、中江利忠朝日新聞社社長(本連盟会長)、衞藤龍天久住町長ほか多数の出席を得て開会式をし、大会を盛り上げた。
8月 ドイツから2名の学生を招き、連盟の学生と交流。また、埼玉県妻沼町の主催で講演会を開き、地元の方とも親睦を深めた。
10月 「第36回全日本学生選手権者」の飯田馨さん(早稲田大学OG)と連盟職員渡辺正美をオーストラリアへ派遣。
平成9年3月 「第37回全日本学生選手権大会」開会式では、土屋義彦埼玉県知事をはじめ、運輸省、建設省の方々を招き、グライダーフェスタとリトリブウエーの竣工式をした。フェスタでは妻沼町の商工会も加わり盛況だった。またリトリブウエーは埼玉県の全面的支援で完成した。大会は今回から文部大臣賞(団体)に加え、運輸大臣賞(個人)が授与された。個人では中野雅之君(慶応義塾大学)が優勝、団体は慶応義塾大学が3連覇。
4月 東京商船大学の正式加盟が承認され、加盟校60大学となる。
9月 河邑秀樹教官、妹尾綾子さん(法政大学)、経澤佳代子さん(東海大学)の3名が9月1日~13日までドイツのサマーミーティングに参加した。
10月 「第37回全日本学生選手権者」の中野雅之君(慶応義塾大学OB)と準優勝の金子昌樹君(慶応義塾大学OB)の両名をオーストラリアへ派遣。
平成10年3月 「第38回全日本学生選手権大会」個人優勝は吉岡利典君が法政大学として43年振り3回目の優勝。団体は慶応義塾大学が4連覇した。
9月 ドイツから2名の学生を招き、連盟の学生と交流を深めた。
10月 妻沼滑空場で「東京六大学対抗グライダー競技会」を初めて開催した。
11月 中村暢宏教官、「第38回全日本学生選手権者」の吉岡利典君(法政大学OB)の両名をオーストラリアに派遣。
平成11年3月 日本自転車振興会の補助を受け、妻沼滑空場に4連式ウインチシステムを導入。
「第39回全日本学生選手権大会」は、多くの観客のなか「グライダーフェスタ」をはじめ、予定通りイベントを実施。競技は個人の部は小宮孝之(早稲田大学)が最終日に逆転優勝をした。早稲田大学の個人優勝は3年振り8回目。団体の部は慶応義塾大学が5年連続11回目の優勝。
4月 連盟加盟申請を提出した一橋大学、福岡教育大学、慶応義塾高校は、2月の中央学生委員会、3月の評議員会、4月の理事会で加盟を承認された。また、同理事会で「支部運営委員会」が承認された。
5月 5月3日東海・関西支部、5月7日に関東支部で「支部運営委員会設立総会が行われ、幹事が選出された。西部支部は7月に設立。
8月 ドイツヘ学生2名(有坂徹・慶応大学3年、市川元恒・大阪府立大3年)を派遣し、ドイツの学生と交流。
12月 久住滑空場に専用着陸帯が完成。
平成12年3月 「第40回全日本学生選手権記念大会」は、例年を上回る3000名以上の観客が来場し、グライダーフェスタならびに選手権大会の開会式は大変盛り上がった。
競技は、12名の女子選手が活躍した。最終日前日までコンスタントに得点を重ねていた合田嘉彦選手(慶応義塾大学)を最終日に若松瑠利選手(早稲田大学)が31点差で逆転し、見事第40回記念大会の選手権者に輝いた。早稲田大学の個人優勝は昨年に続き2連覇、通算10回目の優勝。女子選手の優勝は第9回、第36回大会以来3人目。団体は慶応義塾大学A(デイスカス)チームが早稲田大学の猛追を振り切り、6年連続の偉業を達成し、通算12回目の優勝を果たした。
4月 中日本航空専門学校が正式に連盟加盟した。加盟校は65校。
5月 連盟創立70周年を迎え、関東支部では5月13日朝日新聞東京本社において式典ならびに祝賀会を開催。東海支部は11月12日、関西支部は11月19日、西部支部では11月14日。
学連創立70周年記念「第1回日本ワールドクラスグライダー(PW-5)競技会」を妻沼滑空場で開催。翌年の2001年、第2回以降参加希望チームが少なく、開催を見送っている。
久住滑空場に、(社)日本滑空協会の提唱で、山岳滑翔開拓者顕彰碑建立。
9月 木曽川訓練所・旧宿舎(平屋建て)の建替えを、日本自転車振興会の補助事業として着工。12月に完成。
10月 岐阜県大野町の揖斐川左岸に建設していた滑空場を、町の滑空場として10月7日開所式。
10月12日、11回目の日独学生交流で3名来日。24日まで日本の学生や社会人と交流。
10月20日から11月2日の間、40回選手権者の若松瑠利(早大OG)準選手権者の會田嘉彦(慶応OB)の両君を、豪州ナロマインへ派遣。

平成13年-24年(2001年-2012年)

平成13年3月 3月3日-11日、妻沼滑空場で第41回全日本学生グライダー競技選手権大会を開催。選手権者、谷口伸之君(慶応)。団体は慶応Aチーム。
5月 ‘89.8月から使用の曳航機JA4087を、(株)日本モーターグライダークラブへ売却。
9月 夏目匠(大阪府大)、南智(九大)両君をドイツ派遣。
10月 谷口伸之(慶応OB)、中西祐介(慶応)両君をオーストラリアへ派遣。
平成14年3月 3月2日~10日、妻沼滑空場で第42回全日本学生グライダー競技選手権大会を開催。選手権者、糸賀兼一君(日大)。団体は慶応Aチーム。
9月 ドイツから2名の学生を招き、連盟の学生と交流を深めた。
10月 糸賀兼一(日大OB)、城広成(日大OB)両君をオーストラリアへ派遣。
11月 学連2号ウインチを妻沼へ導入。
平成15年3月 3月1日-9日、妻沼滑空場で第43回全日本学生グライダー競技選手権大会を開催。選手権者、藤本正志君(日大)。団体は日大Bチーム。なお、今大会から参加機種を制限し、機体の性能差にハンディ制を設けた。
8月 嶋澤善大(名大)、松本雪(龍谷大)両君をドイツへ派遣。
10月 藤本正志(日大OB)、中西陽介(日大OB)両君をオーストラリアへ派遣。
平成16年3月 3月6-14日、妻沼滑空場で第44回全日本学生グライダー競技選手権大会を開催。選手権者、寒梅宏起君(日大)。団体は日大Bチーム。
4月 妻沼でアドバンストレーニングを初開催。
妻沼フライトサービス開局
9月 ドイツから2名の学生を招き、連盟の学生と交流を深めた。
10月 寒梅宏起(日大OB)、新井秀樹(日大OB)両君をオーストラリアへ派遣。西部支部新宿舎完成。
平成17年3月 3月5-13日、妻沼滑空場で第45回全日本学生グライダー競技選手権大会を開催。選手権者、蒲寛人君(日大)。団体は日大Aチーム。
5月 久住滑空場事故。
6月 第一回ウインチマンミーティング開催
8月 伴勇人(青山)、中原祥孝(関西)両君をドイツへ派遣。
10月 蒲寛人(日大OB)、高安賢一(日大OB)両君をオーストラリアへ派遣。
平成18年3月 3月5-13日、妻沼滑空場で第46回全日本学生グライダー競技選手権大会を開催。選手権者、浅倉洋君(東海)。団体は日大Aチーム。
11月 ドイツから2名の学生を招き、連盟の学生と交流を深めた。
浅倉洋君(東海OB)をオーストラリアへ派遣。
平成19年3月 第47回全日本学生グライダー競技選手権大会が行われ、名古屋大学が団体優勝を果たした。
8月 角谷陽介(龍谷)、桃井浩太(名大)両君をドイツへ派遣。
11月 片岡優司(立命館OB)をオーストラリアへ派遣。
平成20年3月 第48回全日本学生グライダー競技選手権大会が行われ、早稲田大学が団体優勝を果たした。
9月 日独グライダー交流会ではドイツ人を受け入れ、交流を行った。
11月 立命館大学4年片岡優司をオーストラリアに派遣。
平成21年2月 慶応大学OB奥田徳幸をオーストラリアに派遣。
3月 第49回全日本学生グライダー競技選手権大会が行われ、早稲田大学が団体優勝を果たした。
4月 学連自立化計画は、具体的な話し合いが始まる。
10月 日独グライダー交流会では、船曳直志(慶應)、竹本誠(大阪)両君をドイツに派遣し、交流を行った。
平成22年3月 第50回全日本学生グライダー選手権が行われ、慶応大学が団体優勝を果たした。
4月 日本学生航空連盟発足80周年を迎えた。敗戦の影響で一時は活動を休止するも、1952年に朝日新聞社の援助によって再発足した。
4月 自立化5ヵ年計画3年目に当たる10年度は、朝日新聞社の社員から本部事務局の業務を引き継ぐ計画である。
10月 日独グライダー交流会ではドイツ人学生を受け入れ、交流を行った。
平成24年4月 公益財団法人の認定を受け、「公益財団法人日本学生航空連盟」となる。